日記7/14-17
14/7/24 朝起きて、洗面所に行くと髪が短くなった自分が目に入る。同居人がとっても上手に自分の髪を自分でショートカットにしているのを見て、真似して自分で切ってみたのが予想よりもうまくいってうれしかった。それができるのも、見た目に対して他人があまり口を出さない文化の場所にいるからだなと思う。仕事先の中学生には、「ちょっとアンバランスですね~」とコメントされたけれど、アンバランスさも気に入っているので良しとする。それに1回目だからこれから先は上達するということに。
1週間ほど前に申請していたニュージーランドの運転免許証が届いていて、ちょっとこちらの生活になじんだような気持ちになってうれしくなった。日本の運転免許証よりも自然な顔で映っていた。10年有効な免許だけれど、その時どこにいるんだろうと思ったりもした。
15/7/24 昨日の寝る前に布団に入ると涙が流れてきた。同居人の飼っているねずみさんがここ数日でどんどん衰えていて、そろそろさよならをいう時が来ているのだなと思いながら眠りについた。そして今日の夜、ねずみさんにさよならをした。もう少しで3歳になるところだったから、人の年齢でいえば100歳近いという。実験用だったのが保護されて飼い主を探していたのを同居人が引き取ったねずみさんは、ねずみ生をまっとうしたと思うと思おうとしながら。いつも寝る前や朝起きる前に聞いていたねずみさんのカサコソサカサという音が聞こえなくなってしまったのがさみしい。
16/7/24 「Kinds of Kindness」を映画館で見た。印象的だったが夫が妻に対して「あなたの指が食べたい」「今日はレバーが食べたい。栄養が必要だから」と言って、妻が自分の指や肝臓を料理する/しようとするシーンだった。その描写がされているときはグロテスク、怖いと思ってスクリーンを見ることができなかった。しかし、その章の最後に動物たちの世界が描かれていて、夫がやっていたことは普段人間たちが動物に対してやっていること、自分もスーパーで今日は手羽先かな手羽元かな、レバーもいいなとやっていたことにつながった。Ōtepotiに引っ越してきてから、一緒に暮らしている人たちがベジタリアンやヴィーガンだったので菜食が中心の生活になっている。選択肢もいくつもあるので、楽しい食生活でもある。でも疲れたかなという時や持ち寄りごはんの時にお肉があると食べることもある。ちょこっとずつでも環境負荷が少ない生活にできているのはうれしいし、物価高の中では少しお財布に優しい食生活でもあるなぁなんてことを思った。
17/7/24 朝、背中の痛みで目が覚めた。昨日の夜からちょっとおかしかったけれど、ひどくなっている。直接的な原因が思いつかないけれど、ホッカイロをもらって貼り、ヨガとラジオ体操をしたら少しましになった。仕事先に行くのに、この日は自転車と歩きで行ってみた。いつもバスで通っていた道を歩いたら思ったよりもゆるやかな坂で、大きめな家の横に鶏たちが飼われているのに気づいたり、いい感じの椅子になる切り株を発見したり、歩いたときに見える世界とバスに乗っているときに見える世界の違いが楽しかった。
夕ご飯に半分残っていたビーツを入れた野菜スープを作る。野菜スープは私にとっての超定番料理だけれど、ビーツを入れたスープは10年前に始めて作って失敗して以来、挑戦してこなかった。半分だけだから大丈夫かなとおそるおそるだったけれど、予想以上においしく安心する味に仕上がった。最近は胃腸の具合がよくなくて、背中も痛くて、体を労わる必要があるなと思いながら、マッサージをしてもらって心地よく眠りについた。